人生最大のモテ期1(白石)

「……突然やねんけど、楓ちゃんって好きな人おるん?」

スッと腕が伸びてきて私の背中越しにある壁にとんっと手が付かれる。白石くんの影が私に落ちた。

「え?……いないけど」

私はそう返答して、すぐ目の前にいる白石くんの顔を見上げた。端正な顔が私の目に飛び込んでくる。そしてふとこの状態に気づく。まさしくこれは世にいう壁ドンというやつなのでは……?それは少女漫画やテレビドラマの世界でしか見たことがなくて、現実で目の当たりにすると私は少し胸が高鳴った。

「……そうなんや」

白石くんはそう呟くと、少し物憂げな表情を浮かべる。その綺麗だけれど少し色気のある表情に私はドキドキした。

「ほんなら……俺と付き合うてくれへん?」
「えっ!?」

私は驚きすぎて声が裏返ってしまい、白石くんを二度見した。いや二度見どころか五、六回くらい見てしまった。

白石くんが私に?どうして?

白石くんは四天宝寺中でも一二を争うくらい絶大な人気を誇っている、まさに完璧な男の子だった。そんな白石くんが私みたいな地味で目立たない女子に告白することなど、誰かを人質に取られているだとか、何か脅されているとか、そういった理由がない限りはまずあり得なかった。

「ええっと……あ、あの」

このような出来事に慣れていない私はあからさまに動揺してしまう。

そんな私をよそに白石くんは私との距離をさらに近づけると、顔を寄せて私の顔をまじまじと見つめた。私の心臓が大きく跳ねる。

「前からずっと思うててんけど」
「……う、うん」
「俺、楓ちゃんのこと……」
「し、白石くん……」

私の心臓はもう飛び出してしまいそうに早まっている。どうしよう、これはもしかすると、もしかして……

「カブリエルに似てる思うとったんや!!!!」

白石くんは声高らかに叫んだ。

「やっぱり似てるどころやない!そっくりやわ。瓜二つや!」

白石くんはそう言うと私の顔を隅から隅まで観察するように眺めた。彼は何かを確認しては、その度にうん、うん、と納得するように頷く。

「…………」

カブリエルというのは白石くんが飼っているペットのカブトムシだった。

白石くんがカブリエルのことをすごく大切にしているという話は彼本人や周りから以前に聞いたことがある。だが、私がその人間ではない昆虫のカブリエルに似ている……いやそれどころか瓜二つということは一体どういうことなのだろう。

「カブリエルって……昆虫、だよね?」

念のために聞いてみる。

「ああ、そうやで」
「えーと……私に似てるって……どのへんが?」

私はおそるおそる尋ねた。

「いや、もうなんていうか、似てるとかのレベルちゃうねん。そのまんまや。生写しっていうか……」
「…………」
「ほんまこの艶めかしいフォルム…」
「フォ、フォルム……」
「そっくりやわ!ホンマ可愛いな」
「!」

白石くんは私の頬に手をやり、さも愛おしいものを見る目をしてうっとりと撫でた。その端正な整った顔に間近で見つめられ、更に触れられるとなると思わず顔が熱くなる。しかし私の心境はどこか複雑だった。

「いつからやったかな。俺が楓ちゃんのことをカブリエルのように愛おしく想うようになったんは……」

白石くんは熱い眼差しを私に向けつつ、話し始める。
私も教えて欲しい。白石くんはいつから私のことをカブトムシだと思うようになったのか。

「見た目だけやないねん。楓ちゃんのそのやたら冷静なところとか、心が固いもので覆われたようなところも、カブリエルそのまんまやねん」

私は冷静でないカブトムシを想像した。
それに心が固いもので覆われたようなというのは……。
白石くんが無理やり私のことをカブトムシの方に近づけようとしているのは気のせいだろうか。

「俺、真剣やで」
「…………」
「楓ちゃんのことがホンマに好きやねん」
「白石くん……」
「俺がカブリエルを想う気持ちと、楓ちゃんを想う気持ち……まったく同じ気持ちや!」
「……」
「信じてや!」

白石くんの私を見る瞳はまさに嘘偽りのない、真剣そのものだった。それが余計に私の心を虚しくさせる。

「俺はな、楓ちゃん。ずっと楓ちゃんと一緒にいたい!一緒に冬を越したいんや!」

白石くんはもう完全に私のことをカブトムシだと思っていた。

「せやから一回俺と付き合うこと、考えてみてくれへん?カブリ……楓ちゃん」
「え?……。うん」

今、普通に言い直したけど、白石くんの言い間違いは私にはごまかされなかった。

「明日でもよかったら返事くれへんかな?」
「明日……わかった」

私は彼にぼんやりと返事をした。そして部室を出ると、よろよろとした足取りで家の方角にむかって歩き始めた。

これは夢?もしくはドッキリか何かだろうか?
私は信じられなかった。

まさか白石くんから告白されるなんて。しかし私は素直には喜べないでいる。彼から好きだと言われたが、ずっとカブトムシのカブリエルの影が私の頭をチラついている。白石くんは私と自分のペットの姿を重ね合わせてしまっているのだ。

白石くんは誰かを人質に取られていたり脅されているわけではなかったが、やはり私のような女子が白石くんから告白されるというのは、そのような特別な理由がない限りは成立しないんだと思った。

「白石くんと付き合う……か」

少し考えてみる。彼は私のことを人間ではなくカブトムシだと思っているようだ。付き合うとなると私はおのずと彼の用意した虫かごの中で飼われるのだろうか。昆虫ゼリーを食べさせられ、木の蜜を吸わされるのだろうか。想像すると少し泣きたくなった。

「お、楓ちゃんやないか!今帰りなん?」

すると、突然後ろから声を掛けられた。